Cisco Antares とは|脆弱性特定に特化した軽量 AI モデルの実力

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はじめに

自律型 AI エージェントによる攻撃が実運用の段階に入りつつある一方で、防御側も AI を「使う側」として実務に取り込む動きが進んでいます。脆弱性対応の現場では、コードベースのどこに既知の脆弱性が潜んでいるかを特定する工程が、時間とコストの両面で大きな負担になります。汎用のフロンティアモデルは推論コストが高く、機密性の高いソースコードを外部のクラウドへ送ることへの懸念もあります。

2026 年 7 月 21 日、Cisco はこの課題に的を絞った小規模言語モデル(SLM)ファミリー「Antares」を公開しました。脆弱性特定(vulnerability localization)という一点に特化し、ローカルで動作させられる点が特徴です。

この記事でわかること
  • Antares がどのようなモデルで、何を解く目的で作られたのか
  • モデル構成(350M / 1B / 3B)と、現時点での公開状況
  • Antares がコードベースを調べる際の動作の流れ
  • 汎用フロンティアモデルやセキュリティ特化ベースモデルとの位置づけの違い

先に結論をまとめます。Antares は、既知の脆弱性がコードベースのどこに存在するかを絞り込む工程に特化した SLM 群です。パラメータの小さい 350M と 1B がオープンウェイトで公開され、より高性能な 3B は一般公開が見送られています。軽量なためローカルやオンプレミスで動作させられ、機密コードを外部へ送らずに済む点と、汎用フロンティアモデルと比べて低コストである点が、実務上の主な利点になります。ただし Antares が担うのは脆弱性トリアージの初段であり、アプリケーションセキュリティの工程全体や人手によるレビューを置き換えるものではありません。

Antares とは(脆弱性特定に特化した SLM)

Antares は、Cisco の Foundation AI チームが開発したセキュリティ向けの小規模言語モデル群です。汎用のコーディング支援モデルとは異なり、「コードベース内で既知の脆弱性がどのファイルに存在するかを特定する」という限定的なタスクに向けて設計されています。

参考: Introducing Antares(Cisco Blogs)
“purpose-built for one of the hardest, most time-consuming and expensive problems in security”
(セキュリティにおける最も困難で、時間とコストのかかる問題の 1 つに特化して設計された)
https://blogs.cisco.com/ai/introducing-antares-the-most-efficient-open-weight-ai-models-for-vulnerability-localization

名称は、さそり座で最も明るい恒星 Antares に由来します。Antares が連星であることになぞらえ、当初は 2 つのモデルで構成されるファミリーとして公開されました。

モデル構成(350M / 1B / 3B)と公開状況

Antares ファミリーは、パラメータ数の異なる 3 つのモデルで構成されます。名称の数値がおおよそのパラメータ規模を示しています。

  • Antares-350M: 約 3.5 億パラメータ。3 つの中で最も軽量。
  • Antares-1B: 約 10 億パラメータ。ローカル実行と検出性能のバランスを狙った中核モデル。
  • Antares-3B: 約 30 億パラメータ。最も高性能とされるが、一般公開は見送られている。

このうち Antares-350M と Antares-1B がオープンウェイトモデルとして Hugging Face で公開されており、Antares-3B は Cisco が自社のセキュリティ製品への統合を予定しているとされ、一般向けのダウンロードは提供されていません。なお、公開されている 2 モデルについても入手には一定の条件が伴う可能性があるため、実際のアクセス方法と条件は後述の「入手とアクセス条件」で整理します。

参考までに、Cisco の Foundation AI チームは 2025 年に、80 億パラメータのセキュリティ特化ベースモデル Foundation-Sec-8B を公開しています。Antares はこれと比べて大幅に小さく、用途も脆弱性特定に絞り込まれている点が異なります。

動作の流れ(脆弱性記述 → コード探索 → ランク付け出力)

Antares は、人間の調査員がリポジトリを調べていく手順に近い、反復的な探索を行います。おおまかな流れは次のとおりです。

  1. 脆弱性の記述(CWE カテゴリやアドバイザリなど)を起点にする。
  2. 関連するコードパターンを探索し、候補となるファイルを読む。
  3. 得られた新たな手がかりを取り込み、有望でない経路は引き返す。
  4. 該当する可能性が高いファイルへ絞り込む。

最終的な出力は、脆弱性を含む可能性が高いソースファイルのランク付き一覧と、そこに至るまでのターミナル操作のトレースです。トレースが残るため、なぜそのファイルが挙げられたのかを後から確認しやすく、レビューの起点として使えます。

この反復探索の設計は、小型モデルでも探索・振り返り・方針の修正・引き返しといった挙動を学習できるという、Cisco Foundation AI チームの先行研究に基づいているとされます。モデルの規模ではなく、学習された探索戦略によって有用な検索挙動を実現しようとする点が、従来の静的解析ツールや汎用コーディングモデルとの違いです。

コストと機密性: なぜ軽量・ローカルなのか

Antares の設計思想は、脆弱性特定を「安く」「手元で」実行できるようにする点に集約されます。汎用フロンティアモデルが抱える推論コストの高さと、ソースコードを外部へ送ることへの懸念という 2 つの障壁を、小型モデルによって回避しようとするものです。

実測コスト・所要時間

Cisco は、後述の Vulnerability Localization Benchmark(500 件)を用いて Antares と大規模モデルのコストを比較しています。同社の検証によると、500 リポジトリの評価を単一 GPU で約 15 分・1 ドル未満で完了できたとされ、比較対象のフロンティアモデル GPT-5.5 の 1 評価あたり約 141 ドルに対して約 172 分の 1、最良のオープンウェイトモデル GLM-5.2 の約 12.5 ドルに対して約 15.2 分の 1 のコストに相当します。

主な比較値は次のとおりです(いずれも Cisco の検証による値)

項目AntaresGLM-5.2(最良のオープンウェイト)GPT-5.5(最良のクローズド)
1 評価あたりコスト1 ドル未満約 12.5 ドル約 141 ドル
Antares 比のコスト差基準約 15.2 倍約 172 倍

所要時間については、公式の位置づけ(500 リポジトリを単一 GPU で約 15 分)と、一部の報道が伝える値(Antares は約 1 時間、GPT-5.5 は約 4.5 時間)との間に幅があります。測定条件(モデルサイズ、GPU、対象の粒度)によって変わり得るため、参考値として扱うのが妥当です。いずれの数値も Cisco 自身の検証に基づくものであり、第三者による独立検証の結果ではない点は、評価の際に留意が必要です。

コスト差が実務で効いてくるのは、コードベースが変化するたびに再スキャンが必要になる場面です。継続的にリポジトリを走査する運用では、1 回あたりの単価がそのまま累積コストの差につながります。

オンプレ・エアギャップ適合

もう 1 つの利点が、モデルをローカルやオンプレミスで動作させられる点です。パラメータ数が小さいため、外部のクラウドサービスへコードを送らずに、自組織の環境内で脆弱性特定を完結させられます。これにより、エアギャップ環境や閉域ネットワークでの運用にも適合しやすくなります。

ソースコードの外部持ち出しが制約される環境(金融・公共・製造など)では、汎用のクラウド AI サービスの利用が難しい場合があります。機密コードを自組織の外へ出さずに AI 支援を受けられる点は、こうした環境での採用障壁を下げる要素になります。この発想は、攻撃データや認証情報を外部へ出さずにインシデント分析を完遂するという考え方とも通じます。

ベンチマーク: Vulnerability Localization Benchmark

Antares の性能を測るにあたり、Cisco は既存の一般的なコーディングベンチマークではなく、脆弱性特定に特化した独自のベンチマークを新設しました。それが Vulnerability Localization Benchmark です。

このベンチマークは 500 件のタスクで構成され、モデルに対して、不慣れなコードベースを効率的に探索しつつ、特定の CWE カテゴリに結びつく脆弱性パターンを認識することを同時に求めます。汎用のコード検索ベンチマーク(開発課題に関連するコードを見つけられるかを測るもの)とは異なり、セキュリティのアドバイザリや CWE 形式の記述から脆弱なファイルを特定できるかを測る点が特徴です。

大規模モデルとの比較(File F1・recall)

Cisco の報告によると、Antares 群はパラメータ数で大きく上回る十数個のモデルと比較して、精度面で上位に位置づけられます。主な結果は次のとおりです。

  • 一般公開が見送られている Antares-3B は、File F1 スコアで 0.223 を記録し、GPT-5.5 の 0.229 に迫る値とされる。
  • 中核モデルの Antares-1B は、評価対象の中で最も高い recall を記録したとされる。
  • 最も軽量な Antares-350M も、規模で大きく上回る複数の汎用モデルを上回ったとされる。

参考: Help Net Security
“Antares-1B beats GLM-5.2 and Gemini 3 Pro at a small fraction of their size”
(Antares-1B は、GLM-5.2 と Gemini 3 Pro を、両者のごく一部の規模で上回る)
https://www.helpnetsecurity.com/2026/07/21/cisco-antares-vulnerability-localization-released/

ここで留意したいのは、この F1 や recall の値が、Cisco が自ら作成したベンチマーク上での結果である点です。ベンチマークの設計者と評価対象モデルの提供者が同一であるため、値そのものは Antares に有利に働く可能性があります。数値は絶対的な優劣ではなく、「小型モデルでも特定タスクに絞れば大規模モデルに近い精度が出せる」という傾向を示すものとして読むのが妥当です。実運用での有効性は、自組織のコードベースでの検証を通じて判断することをおすすめします。

入手とアクセス条件(実務上の要注意点)

Antares を実際に試すうえで、事前に把握しておきたいのが入手方法とアクセス条件です。ここは公表内容に食い違いがあり、注意が必要な部分です。

Antares のモデルは、Cisco の Foundation AI チームが Hugging Face 上で公開しています。組織アカウントは fdtn-aihttps://huggingface.co/fdtn-ai )で、公開されているのは fdtn-ai/antares-350mfdtn-ai/antares-1b の 2 つです。より高性能な Antares-3B は、この段階では一般公開されていません。

アクセス条件については、公表内容に幅があります。Cisco 公式ブログは「broader community(広くコミュニティ)に公開」と表現している一方、一部の報道は「Cisco が検証したサイバー防御者向けの提供」と伝えています。

参考: Axios
“available Tuesday on Hugging Face to users Cisco verifies as cyber defenders”
(火曜日に Hugging Face 上で、Cisco がサイバー防御者として検証したユーザーへ提供)
https://www.axios.com/2026/07/21/cisco-open-source-ai-models-cybersecurity

この差から考えると、完全に無条件のダウンロードではなく、利用申請や用途の申告といったゲート付きアクセスが設けられている可能性があります。実際の条件は変わり得るため、入手を検討する際は上記のモデルページで、ダウンロードにあたっての同意事項やアクセス申請の有無を直接確認することをおすすめします。この「誰でもすぐに落とせるとは限らない」という点は、導入計画を立てるうえで見落としやすい制約です。

ローカル実行の前提(CLI・実行環境)

公開されている 2 モデルは、ローカルで動作させる前提で提供されています。Cisco は、モデルの機能を実務的なワークフローにまとめた CLI を提供しているとしており、コードベースのスキャン、検出結果の確認、自動化パイプラインへの組み込みに利用できるとされます。

一方で、実行に必要なハードウェア要件(GPU の要否、メモリ容量、対応するランタイム)や、入力として与える脆弱性記述の形式といった具体的な条件は、モデルカードや技術ドキュメントで確認すべき項目です。本記事の執筆時点では、これらの詳細を一次情報で網羅的に確認できていないため、断定は避けます。実際に動かす際の手順とハードウェア要件は、モデルカードの記載に沿って別途整理する予定です。

実務のどこに使えるか(と、使えないか)

Antares を自組織に取り入れるかを判断するには、「何ができるか」だけでなく「何をしないか」を正しく捉えることが欠かせません。ここが導入判断の分かれ目になります。

補完対象・非対象(Antares が置き換えないもの)

Antares が担うのは、脆弱性トリアージの初段——すなわち「既知の脆弱性がコードベースのどのファイルに存在しそうかを絞り込む」工程です。Cisco 自身も、この工程を高速化するものであり、トリアージそのものを置き換えるものではないと明言しています。

参考: SiliconANGLE
“meant to speed up the first pass of vulnerability triage, not replace it”
(脆弱性トリアージの初回パスを高速化するためのものであり、それを置き換えるものではない)
https://siliconangle.com/2026/07/21/cisco-releases-antares-open-weight-small-models-locating-code-vulnerabilities/

Antares は、アプリケーションセキュリティの工程全体を代替するものではありません。依存関係・ソフトウェア構成分析(SCA)、シークレットスキャン、動的テスト、脅威モデリング、そして人手による専門的なレビューは、引き続き必要です。Antares の出力(脆弱性を含む可能性が高いファイルのランク付き一覧とトレース)は、これらの工程に先立ってレビュー対象を絞り込むための補助として位置づけるのが適切です。

整理すると、次のようになります。

向いている用途

CWE カテゴリやアドバイザリを起点とした調査、静的解析の補完、CI/CD でのトリアージ初段、機密性の高いコードのローカル解析。

置き換えないもの

SCA、シークレットスキャン、動的テスト、脅威モデリング、人手によるレビュー、修正(remediation)の判断。

既存のインシデント対応・脆弱性運用への位置づけ

自律型 AI エージェントによる攻撃が実運用の段階に入りつつある中で、防御側にも「自組織のインフラで動かせる、能力の高いモデルを平時に準備しておく」という発想が求められています。フォレンジック分析の局面で、外部の商用モデルのガードレールが防御側の作業を止めてしまう事例も報告されており、この論点は関連記事『OpenAI モデルが Hugging Face に侵入|自律型 AI 攻撃の全貌と教訓』で詳しく扱っています。

Antares は、この「自前で動かせるセキュリティ特化モデル」の具体的な選択肢の 1 つです。脆弱性対応の初段を、機密コードを外へ出さずにローカルで回せる点は、インシデント対応や日常的な脆弱性運用の備えとして意味を持ちます。ただし前述のとおり、Antares が対象とするのは特定ファイルの絞り込みであり、インシデント全体の分析やログ解析までを 1 つのモデルで賄うものではない点は、あわせて押さえておく必要があります。

関連する Cisco の取り組み

Antares は単独の製品ではなく、Cisco の Foundation AI チームが進めてきた一連のセキュリティ AI 施策の延長線上にあります。あわせて把握しておくと、Antares の立ち位置がより明確になります。

Foundation-Sec-8B

2025 年に公開された、Foundation AI 初のオープンソースセキュリティモデル。80 億パラメータのベースモデルで、脅威検知や脆弱性評価などのタスク向けにローカル運用を前提に設計されています(https://blogs.cisco.com/security/foundation-sec-cisco-foundation-ai-first-open-source-security-model

Project CodeGuard

2025 年 10 月にオープンソース化され、2026 年 2 月に Coalition for Secure AI(CoSAI)へ寄贈されたルール群。AI コーディングエージェントの生成物にセキュアなデフォルトを組み込むことを目的とし、コードレビューや自律的なセキュリティ評価にも利用されています。

Foundry Security Spec

2026 年 5 月にオープンソース化された、エージェント型のセキュリティ評価システムを構築するための設計仕様。すぐに使えるスキャナーではなく、組織ごとに実装する設計図として位置づけられています(https://blogs.cisco.com/ai/announcing-foundry-security-spec

これらは互いに補完する関係にあります。CodeGuard が既知のパターンを網羅的に検査し、Foundry Security Spec の探索エージェントが既存ルールで捉えきれない未知の弱点を探す、という検知と予防の循環が想定されています。Antares は、この一連の流れの中で「既知の脆弱性がどのファイルにありそうか」を絞り込む localization の工程を、軽量モデルで担う役割を占めます。汎用の大規模モデルに依存していたこの工程を、ローカルで安価に回せるようにした点が、既存の取り組みに対する Antares の追加価値といえます。

まとめ

Antares は、脆弱性特定という限定された工程に特化した Cisco のオープンウェイト SLM です。汎用フロンティアモデルの高コストと、機密コードの外部送信という 2 つの障壁を、軽量・ローカル実行によって回避しようとする点に特徴があります。導入を検討する際は、担う工程の範囲と、入手条件・検証前提を正しく捉えることが判断の出発点になります。

  • 脆弱性特定に特化した Cisco のオープンウェイト SLM「Antares」
  • 公開は 350M と 1B、高性能な 3B は一般提供が見送り
  • Cisco 検証では 500 リポジトリを単一 GPU・約 15 分・1 ドル未満で評価
  • フロンティアモデル比の低コストとローカル実行が主な利点
  • 役割はトリアージ初段の絞り込みで SCA や人手レビューは引き続き必要
  • ゲート付きアクセスの可能性があり入手条件はモデルページで要確認
  • ベンチマークは Cisco 自作のため自組織での検証を前提に評価

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

関西を拠点に活動する、現役インフラエンジニア。経験20年超。

大手通信キャリアにて、中〜大規模インフラ(ネットワーク・サーバ・クラウド・セキュリティ)の設計・構築およびプロジェクトマネジメントに従事。現場で直面した技術課題への対処や、最新の脆弱性情報への実務対応を、一次情報として発信しています。

保有資格
CCIE Lifetime Emeritus(取得から20年以上)/ VCAP-DCA / Azure Solutions Architect Expert

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