はじめに
デジタル時代において、情報は「石油」に例えられるほど価値ある資産となりました。 しかし、その価値が高まるにつれて、情報を狙う脅威も日々巧妙化しています。

「情報セキュリティ」と聞くと、難解なプログラムや高価なソフトウェアの話だと思っていませんか?
実は、情報セキュリティは「技術」だけの話ではありません。 オフィスの鍵をかけることや、怪しいメールを開かないといった「人の行動」も含めた、資産を守るための総合的な取り組みのことを指します。
専門的な定義では、「情報の 機密性・完全性・可用性(CIAトライアド)を維持すること」とされています。もっと噛み砕いて言うなら、以下のように定義できます。
大切な情報を「漏らさない・壊さない・止めない」ための仕組みづくり
- 情報セキュリティの3大要素 「CIAトライアド」
- マルウェアやフィッシングなどの 主要な脅威
- 組織を守るための ポリシー策定とガバナンス
- 暗号化やアクセス制御などの 具体的な防御技術
情報セキュリティの基本「CIAトライアド」
セキュリティ対策のゴールは、情報の 「機密性・完全性・可用性」 という3つの要素を維持することです。 これらは頭文字を取って 「CIA トライアド」 と呼ばれ、どれか一つでも欠けると情報資産は危険に晒されます。
機密性 (Confidentiality)
許可された人だけが使える
関係者以外には絶対に見せない状態です。
- 対策例: ID/パスワード認証、ファイルの暗号化、アクセス権限の設定
完全性 (Integrity)
正確で改ざんされていない
データが欠損したり、勝手に書き換えられたりしていない状態です。
- 対策例: デジタル署名、変更ログの監視、バックアップ
可用性 (Availability)
いつでも止まらず使える
使いたい時にシステムが落ちておらず、正常に稼働している状態です。
- 対策例: サーバーの二重化(冗長化)、災害復旧計画 (DRP)
CIA トライアドの歴史
この概念は、1980年代にアメリカ国立標準技術研究所(NIST)によって策定されたと言われています(概念自体はそれ以前から議論されていました)。 現在では、情報技術の安全性を評価するための「世界標準のモノサシ」として、あらゆるセキュリティポリシーや法規制の基礎となっています。
なぜセキュリティが必要なのか?(目的)
デジタル時代において、情報は「守るべき資産」です。 情報セキュリティ対策を行う目的は、企業と個人で視点が異なります。
企業にとって、セキュリティは「守りのコスト」であると同時に、「ビジネスを続けるための条件」でもあります。
- 信頼の維持
-
顧客情報や技術情報の漏洩は、企業のブランドイメージを瞬時に失墜させます。顧客や取引先との信頼関係を守るために、セキュリティは不可欠です。
- 規制遵守(コンプライアンス)
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個人情報保護法や業界ごとの規制(GDPR など)を守ることは企業の義務です。違反すれば、巨額の罰金や法的制裁を受ける可能性があります。
- ビジネス継続性(BCP)
-
ランサムウェア等でシステムが停止すると、事業そのものが止まってしまいます。攻撃から迅速に復旧し、事業を継続させる(BCP)ためにも対策が必要です。
私たち個人にとっても、セキュリティは生活の安全に直結します。
- プライバシー保護
- メール、写真、位置情報などのプライベートな情報が、知らない間にネットに晒されるのを防ぎます。
- 資産・身元の保護
- クレジットカード情報の盗難(金銭的被害)や、SNS アカウントの乗っ取り(なりすまし)から自分を守ります。



重要なのは、「企業のセキュリティも、個人の行動にかかっている」 という点です。
どんなに会社が高いシステムを導入しても、従業員一人が安易にパスワードを漏らしてしまえば意味がありません。 「自分ひとりの油断が、組織全体を危険にさらすかもしれない」 という意識を持つことが大切です。
敵を知る:脅威と脆弱性
報セキュリティを脅かす存在は、大きく分けて「脅威(攻撃)」と「脆弱性(弱点)」の2つがあります。 適切に対処するためには、まず相手の手口を知ることが重要です。
代表的なサイバー攻撃(脅威)
攻撃の手法は日々進化していますが、基本となる型はいくつか存在します。
マルウェア / ランサムウェア
悪意のあるプログラム(ウイルス、ワームなど)の総称です。 特に近年猛威を振るっているのが 「ランサムウェア」 です。感染するとPC内のデータが勝手に暗号化され、「元に戻してほしければ身代金(ランサム)を払え」と脅迫されます。
- 事例:2017年に世界中で流行した「WannaCry」など。
フィッシング
正規の企業(銀行、宅配業者、Amazon など)を装ったメールや偽サイトに誘導し、パスワードやカード情報を盗み出す詐欺手法です。 技術的なハッキングではなく、人の心理を突く攻撃です。
DoS / DDoS 攻撃
Web サイトのサーバーに対して、処理しきれないほど大量のアクセスを送りつけ、サービスをダウン(利用不能)させる攻撃です。 複数の PC を乗っ取って一斉に攻撃するものを DDoS(分散型) と呼びます。
クロスサイトスクリプティング (XSS)
掲示板や Web サイトに悪意のあるスクリプト(プログラム)を埋め込む攻撃です。 そのページを閲覧したユーザーのブラウザ上でスクリプトが実行され、クッキー情報が盗まれたり、偽サイトへ飛ばされたりします。
脆弱性(セキュリティホール)とは?
脆弱性ぜいじゃくせいとは、システムやソフトウェアに存在する 「セキュリティ上の欠陥(弱点)」 のことです。 攻撃者は、この穴を見つけて侵入してきます。脆弱性が生まれる主な原因は、以下の3つです。
- ソフトウェアのバグ(不具合)
- プログラムの記述ミスにより、予期せぬ操作が可能になってしまう状態
- 設定ミス
- 「初期パスワードのまま」「不要なポートが開いている」など、運用の不備によるもの。クラウド設定ミスによる情報漏洩もこれにあたります。
- 人の隙(ヒューマンエラー)
- 「簡単なパスワードを使っている」「怪しい添付ファイルを開いてしまう」など、ユーザーの意識の低さが最大の弱点になることもあります。



イメージとしては、「脆弱性 = 家の鍵が開いている状態」 で、「脅威 = 泥棒」 です。
泥棒(脅威)を完全に消すことはできませんが、鍵をしっかりかける(脆弱性をなくす) ことで、侵入されるリスクを限りなくゼロにすることは可能です。
組織を守るルール:ポリシーとガバナンス
最新のセキュリティソフトを導入しても、それを使う人間にルールがなければ効果は半減します。 ここでは、組織としてセキュリティを維持するための「仕組み(ガバナンス)」について解説します。
セキュリティポリシーの作成
セキュリティポリシーとは、組織における 「情報セキュリティの憲法」 のようなものです。 「何を守るのか」「誰が責任を持つのか」を明文化し、従業員の行動指針とします。一般的に、ポリシーには以下の要素が含まれます。
- 目的: なぜセキュリティ対策を行うのか(信頼維持、法規制対応など)
- 適用範囲: どの資産を守るのか(顧客データ、PC、社員証など)
- 責任: 誰が管理責任者で、従業員にはどんな義務があるのか。
- 手順と罰則: 具体的な取り扱いルールと、違反した場合のペナルティ
ガバナンスとリスク管理(PDCA)
ルールは作って終わりではありません。 新たな脅威に対応するために、継続的にリスクを評価し、改善し続ける活動(ガバナンス)が必要です。これは一般的な PDCA サイクル で考えると分かりやすくなります。
「今、何が危ないか」を洗い出します。 (例:USB メモリの紛失リスク、古い OS を使っているリスクなど)
洗い出したリスクに対して、適切な対策を実施します。 (例:USB 使用禁止ルールの徹底、OS のアップデート計画策定)
対策が正しく機能しているか定期的にチェックし、ルールを最新の状態に見直します。 (例:ログの監査、年に一度のポリシー改定)
法令遵守(コンプライアンス)
企業は、セキュリティに関する法律や規制を守る義務があります。
近年、個人情報保護法 や GDPR(EU 一般データ保護規則) など、データの取り扱いに関する規制が世界的に厳格化されています。 ガバナンスが機能しておらず情報漏洩を起こした場合、巨額の制裁金 や 社会的信用の失墜 に直結するため、経営課題として取り組む必要があります。



セキュリティ対策は、「技術(鍵)」 と 「ルール(鍵をかける習慣)」 の両方が揃って初めて機能します。
立派なポリシーを作っても、現場が守れなければ意味がありません。 定期的な研修を行うなどして、「従業員全員にルールを浸透させること」 が重要です。
技術で守る:具体的な防御策
ここからは、実際にシステムを守るための具体的な技術について解説します。 セキュリティ対策は、「認証(入れるか?)」→「防壁(侵入を防ぐ)」→「暗号化(盗まれても読めなくする)」 という多層的な防御が基本です。
【認証】 アクセス制御と多要素認証
「誰が」システムを使ってよいかを管理する仕組みです。
権限の管理方法には、主に以下の3種類があります。
- DAC (任意アクセス制御)
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「所有者」 が権限を決める方式。 Windows や Linux のファイル操作のように、作成者が「誰に見せるか」を自由に設定できます。柔軟ですが、管理が属人化しやすい欠点があります。
- MAC (強制アクセス制御)
-
「システム」 が権限を強制する方式。 機密ラベル(極秘・社外秘など)に基づき、ユーザーの意思に関係なくアクセスを制限します。軍事システムなどで使われます。
- RBAC (ロールベースアクセス制御)
-
「役割(ロール)」 に権限を紐付ける方式。 「経理部員」なら財務データが見れる、「人事部長」なら社員情報が見れる、といった管理方法です。人事異動に対応しやすく、企業で最も一般的です。
パスワード(記憶)だけの認証は限界を迎えています。 スマートフォン(所持)や指紋(生体)など、異なる要素を組み合わせる 多要素認証(MFA) の導入が、不正アクセス対策として一般的です。
【暗号化】 データを守る最後の砦
万が一データが盗まれたとしても、暗号化されていれば中身を読まれることはありません。 暗号化には大きく分けて2つの方式があります。
| 項目 | 共通鍵暗号(対称暗号) | 公開鍵暗号(非対称暗号) |
|---|---|---|
| 鍵の仕組み | 暗号化と復号に 同じ鍵 を使う | 公開鍵 で暗号化し、秘密鍵 で復号する |
| メリット | 処理速度が 非常に速い | 鍵の受け渡しが 安全 |
| デメリット | 鍵を相手に渡す際のリスクがある | 計算が複雑で 処理が遅い |
| 代表的な規格 | AES | RSA |
インターネット上の通信を守る技術(SSL/TLS など)では、「最初は公開鍵で安全に鍵交換し、その後は共通鍵で高速に通信する」 というハイブリッド方式が採用されています。これにより、安全性と速度を両立しています。
【防壁】 ネットワークとエンドポイント
攻撃の侵入経路となる「ネットワーク」と、最終的な到達点である「端末(エンドポイント)」の両方を守る必要があります。
ネットワークを守る
外部からの攻撃を水際で防ぐ技術です。
- ファイアウォール(FW)
-
通信の「宛先」や「ポート」を見て、許可された通信以外を遮断する関所
- IDS / IPS (侵入検知/防御)
-
通信の「中身」まで検査し、攻撃パターンを検知(IDS)したり、自動で遮断(IPS)したりするシステム
- VPN (仮想プライベートネットワーク)
-
インターネット上に暗号化された専用トンネルを作り、盗聴を防ぐ技術。リモートワークに必須。
端末を守る (エンドポイント)
PC やスマホ、IoT 機器自体を守る技術です。
- アンチウイルス
-
既知のマルウェアを検知・駆除する基本的なソフト
- EDR(Endpoint Detection and Response)
-
「侵入されること」を前提 とした新しい技術。侵入後の不審な挙動を検知し、被害を最小限に食い止めます。
- IoT デバイス対策
-
Web カメラやスマート家電はセキュリティが甘くなりがちです。初期パスワードの変更や、ファームウェアの更新が重要です。



セキュリティの世界では、「これ一つ入れれば完璧!」という銀の弾丸はありません。
ネットワークで防ぎ、端末で防ぎ、それでも突破されたら暗号化で守る……。 何重にも壁を作る「多層防御(Defense in Depth)」 こそが、現代のセキュリティ対策の基本思想です。
万が一の時:インシデント対応と復旧
どれほど強固なセキュリティ対策を施しても、サイバー攻撃のリスクをゼロにすることはできません。 重要なのは、「攻撃されないこと」よりも、「万が一被害に遭った時に、いかに早く復旧できるか(レジリエンス)」 です。
インシデント対応計画の重要性
インシデント(事故)発生時は、現場が混乱し、誤った判断をしてしまいがちです。
「誰に連絡するか」「サーバーを止める判断基準は何か」などを事前に決めた 「インシデント対応計画」 があれば、被害を最小限に抑えることができます。
- パニックになり、証拠となるログを誤って消去してしまう。
- 連絡が遅れ、被害が顧客や取引先にまで拡大する。
- 対応の不手際により、企業の社会的信用を失う(二次被害)
対応フロー(検知 → 封じ込め → 調査 → 復旧)
一般的なインシデント対応は、以下の流れで進行します。
IDS のアラートや、従業員からの「PC の動きがおかしい」という報告で発覚します。
まずは速やかにセキュリティ担当者へ報告し、インシデント対応チーム(CSIRT)を招集します。
これ以上被害を広げないための応急処置です。
- ネットワークからの切断: 感染した PC やサーバーの LAN ケーブルを抜く(Wi-Fiを切る)
- アカウント停止: 乗っ取られた疑いのある ID を停止する。
何が起きたのか」を詳しく調べます(フォレンジック)
- 原因特定: どこから侵入されたか?(メール?USB?)
- 範囲特定: どのデータが漏洩したか?影響範囲は?
ステムを正常な状態に戻します。
- クリーンアップ: ウイルスの駆除、システムの初期化。
- 脆弱性の修正: 侵入経路となった穴(パッチ未適用など)を塞ぐ。
- バックアップからの復元: 安全が確認できてからデータを戻す。
法律や契約に基づき、関係機関や被害を受けた顧客へ報告します。
(※個人情報保護委員会への報告義務など)



サイバー攻撃は「災害」と同じです。完全に防ぐことはできなくても、「避難訓練(対応訓練)」 をしておくことで、被害は劇的に減らせます。
「うちは大丈夫」と思わず、「もし明日ランサムウェアにかかったら?」 というシミュレーションを一度やってみることが、備えになります。
まとめ
今回は、情報セキュリティの定義(CIA)から、脅威の種類、そして組織と技術による防御策までを整理しました。セキュリティ対策に「これで終わり」というゴールはありません。攻撃者の手口は日々進化しているからです。 しかし、基本となる考え方は変わりません。
- 基本は CIA: 「機密性・完全性・可用性」の3つを維持する。
- 敵を知る: マルウェアやフィッシングなど、攻撃の手口を理解する。
- 多層防御: 「ルール(ポリシー)」と「技術(認証・暗号・NW)」を組み合わせて守る。
- 備えあれば憂いなし: インシデントは起きる前提で、復旧計画を立てておく。
以上、最後までお読みいただきありがとうございました。
IPA 独立行政法人 情報処理推進機構
日本のセキュリティ対策の総本山。最新の脅威情報や対策ガイドラインが充実しています。
国民のためのサイバーセキュリティサイト(総務省)
初心者向けに、基礎知識や対策が非常に分かりやすくまとめられています。
NIST(アメリカ国立標準技術研究所)
世界的なセキュリティ基準(NIST SP800シリーズなど)を発行している機関です。








